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ハート♥剛毛系

心が剛毛な心臓モサモサ系の人の散文。主に「自分のこと」を書くのがテーマです。

きょうだい構成と男女の友情

私は男も女も「気が合えば友達になれる」と思っていて、相談されたら男性でも女性でもどっちも同じくらい聞いてしまう。
この前友人に「自分は男女のボーダーがすごく低い」という話をしたら「その感覚は全然自分にはないから新鮮」と言われた。
これは何度か言われたことがあるし、同時に「わかる! 私もそうなの!」って人もいる。

とはいえ、「男女の友情成立派」を信条に、女性と同じように男性にもついつい接してしまって相手が「その気」になっていて、でも私は全然気が付かない。みたいなことは何度かあった。
逆にいろいろ愚痴を聞いてあげてたら「あいつは俺に気があるけど、俺はあいつとは付きあう気がないんだよね」と吹聴されてたこともあった。はーー?! なんじゃそりゃ。一度でも好きだとか言ったかー!? 言ってないよー! 悩み聞いてあげただけじゃーん! 勝手に電話してきてそりゃねーぜ! と思ったり。
そんなこんなで何度か友達だと思っていた男性に「男女の友情は成立しないんだよ!」と言われたりもしたが「おまえとはな!」と思い、懲りずに「男女の友情成立派」をやっている。

「男女間の友情が成立する派」と「しない派」は結構意見が対立する。私の先入観かもしれないが「発言小町」とかだと「男女の友情成立派」は、否定派から悪魔教の信徒みたいに叩かれてる気がする。女性から女性に対し「おまえらみたいのがいるから迷惑するんだ。うちの男に近づくな!」「結婚したら女友達とかいりませんよね?」とか、そういうのを見かける。
それと同時に男性のほうからも、女の「男女の友情成立派」は「勘違いさせるんじゃねーよ!」とやはり悪魔の使いのように叩かれているのを見ることがある。(ただ、男の「男女の友情成立派」はあまり女性から叩かれないような気がするんだけど…? 気のせい?)

この話題、宗教戦争ばりに対抗するケースもあるが、私の身の回りでは「男女の友情成立派」は多い。そしてわりとみんなわいわい仲良くやっていると思う。コミュニティの資質にもよるところがあるのかもしれない。


で、どうして自分は「男女の友情成立派」なのかな…と大人になってからよくよく考えてみた。その結果「育った環境かな?」と思った。
私は4人姉弟。姉が2人いて、私と弟が双子だ。二卵性双生児でミックスツインというやつ。
双子だが私と弟はまったく似てない。二卵性だし性別も違うので2人で歩いていてもまず姉弟だと思われない。ちなみに血液型も違う。一応私が20分先に生まれたので便宜上「姉」である。
女友達と話をしていて「おや? どうやら私はそもそも男性への『生理的嫌悪感』のハードルが低いようだ」と気が付いたのは20歳を越えてからだ。友達だったら男性ともゴハンをシェアするの平気。同じストローから飲み物飲める。アイスも交換できる。


女友達と話しをしていても「姉妹しかいない女性」と「年齢の近い兄弟がいる女性」の「異性」へのハードルが違うように感じる。どうも「女はこういうもの・男はこういうもの」と思いたがるタイプは、幼少期に生活環境の中に親以外の異性がいなかったことが関係しているのではないかと思った。
なので、逆に「竹馬の友」ならぬ「胎児の友」がいる私は、男兄弟がいる女性の中でも性差について著しく鈍感なタイプになってしまったのではないか…と考えた。
だって、母親の胎内から異性と一緒。いくつまで同じ部屋だったか忘れたけど、ベビーベッド2台に並んで寝てたのを覚えている(たぶん2、3歳くらいまでそのベッドで寝てたハズなので)。姉弟間なのに上下関係がない、というの大きく、近所の遊び友達よりも何よりもずっと一緒に遊んでいた。クリスマスプレゼントに弟がラジコンを欲しがれば自分も欲しかったし、同学年なので共通の人間関係も多く、弟の友達と遊べば自分は紅一点だったが、そんなことはあまり考えなかった。

中学生のとき、私は男子にエロ本を貸してもらえる女子だった。私はマンガの貸し借りをしていた男子にその延長でエロマンガも借りられたんだけど、どうしてそうなったのかは忘れた。ただ、普通に「読んでみたいから貸してよ」っていうタイプだったから…の様な気がする。やはり「女子としての自覚」は低かった、と思う。

そこから女子高に進学し、周りに彼氏ができはじめたりすると、自分の性別についてモヤモヤと考えることになるが、それはまたちょっとが長くなるので別の機会に。

男性を前にして、相手が男性である。ということをあまり意識しないのだが、それは同時に「自分が女である」という自意識が低いからでもある。現在、アラフォーである自分があまり女性性についての外見・加齢などについて気にならないのは、元々の女性性への自意識の薄さにあるのではないかと思う(もちろん、全くないわけじゃない)。「女性としての自分の価値」に自分があまり価値を見いだしてないのでそれがあがったり下がったりすることにあまり興味がないんじゃないか…と考えたりしている。あ、もちろん太ったりするのは別だし、白髪も染めてるけど。年相応ならいいやーという感じ。

じゃあ、なんでそうなったのか? と改めて考えて、やっぱり「異性と一緒に生まれてきて、一緒に育ってボーダーが著しく低いからでは?」と思うに至った。
少なくとも、自分はそうなのだろうと思っている。

私は今まで姉、または妹のいない男性とほとんどお付き合いしたことがない。いや、たまにあるのだけど「な、なんか違う。なんか話が通じない」と思う事が多かった。
男兄弟で育った男性には「女の子ファンタジー」の強さを感じてしまう。「異性も同じ人間だ」という感覚に、イマイチ欠けるという感じ。飲み会とかで話をしてて「ん〜なんかイマイチ話が通じない」と思って兄弟構成を聞いてみると、男兄弟の人だったりした。
彼らからすると、私のようなタイプは彼らのイメージする「女像」からかけ離れていているらしく、ステレオタイプなものにカテゴライズしようとしてくるのだが、私はあまりそれを受け入れないので困惑するようだった。姉か妹がいるタイプは、わりとすんなり受け入れてくれているような気がするので居心地がいい。

ただそれでも感覚の差は段階的に違うので、色々失敗したりするし、私が遭ったことがある史上最大のマッチョ思想野郎は姉がいたし、男兄弟の人でも私と円満に友達付き合いをしている男性もいるので、必ずしもきょうだい構成だけではくくれない。家の中で親から「男の子だから」「女の子だから」と役割をはっきり割り振られたりした人もいるだろうし、あくまでも「そういう傾向があるのではないか」という話である。そして自分は中でもかなり鈍感なほうである、という話。

現パートナーは私と少し似たような家族構成で、姉と妹に挟まれているせいか、私とはとても付き合いやすい。彼も「男女の友情成立派」なので、女友達もたくさんいるし私は彼がその友達と出かけてもまったく気にならない。

もちろん、自分がそういう感覚の持ち主だからといって「男女の友情否定派」を否定しようとは思わない。私は否定派の人に対しては「そうか、そういうのイヤなタイプなんだね」と理解を示す。しかし「否定派」にはそれを信じないタイプがたまにいるので困る。「男女の友情なんてあり得ない、下心があるはずだ!」と、悪魔教の信者のごとく糾弾されるという……。または「そんな警戒心が無いなんてダメだよ!」と怒られる。または「あ…自称サバサバ系w?」とマウンティングされる。いや、サバサバしてませんよ。性格は悪いですよ。ただ、男女のボーダーは低いだけです…。

実体験としてはその昔、古くからの付き合いのある男性が結婚するときに「奥さんが、今までいた男友達と絶縁するから、あなたも女友達全部付き合いをやめてって言われちゃったー」と言ってきたことがあった。
ええええええ。「女」っていうだけで、人格も人間性も全部まるごと否定かよ!!!
と、ものすごく驚いたが、まあ………疎遠になりますよね。普通に…。お幸せに…としか言えないですよね。そういう場合はちゃんと疎遠になりますので「男女の友情否定派」の既婚女性のみなさん、ご安心下さい。

私は性別よりも個性や人間性のほうが大事だと思ってるし、性差よりも個人差、性格とかのほうが圧倒的に大きいと思うので、男性でも女性でも仲良くなれそうな人とは仲良くしていきたい。
とりあえず、宗教戦争にならないように「男女の友情否定派」のみなさんの気持ちを配慮して暮らすことを心がけているので「そういう感覚の人もいるのね」くらいに思っておいて下さると嬉しいです。
そして「どっちがマジョリティか」論争じゃなくてどうして自分が「成立派」「否定派」になったのか、聞かせてもらえるといいなーと思っております。
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